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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)4103号 判決

原告 飯田晃世

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 野村政幸

被告 玉川善清

右訴訟代理人弁護士 林田弘太郎

主文

一、被告は原告飯田晃世に対し、金三五六万八、九一五円と、これに対する昭和四四年一二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、被告は原告飯田英美に対し、金三九万〇一四〇円と、これに対する昭和四四年一二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三、原告らのその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを一〇分し、その六を被告の負担とし、その余を原告両名の負担とする。

五、この判決は第一、二項にかぎり、

仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は、原告飯田晃世に対し、金五五三万九、四二五円およびこれに対する昭和四四年一二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告飯田英美に対し、金七一万五、一四〇円およびこれに対する昭和四四年一二月二三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原被告の所有家屋

(一) 原告らは、台東区入谷二丁目二四番五号所在、家屋番号同町二六〇番一三の二、木造亜鉛メッキ鋼板葺三階建店舗居宅一棟(以下本件建物という)を、原告飯田晃世九分の五、同飯田英美九分の四の各持分の割合をもって共有し、右建物に居住していた。

(二) 被告は、本件建物に隣接して、台東区入谷二丁目二四番六号所在(登記簿上の表示、同所二六〇番地四)、家屋番号同町二六〇番四の二三三、木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅一棟を所有し、自転車の修繕販売業を営んでいたものである。

2  火災の発生

(一) 昭和四四年一二月二三日午前一一時一〇分頃、被告所有の前記建物の一階奥の室から火災が発生し、間もなく、同建物を全焼し、さらに原告ら所有の本件建物に延焼し、その二階の大部分と三階の一部とを焼燃させた。

(二) その発火の原因は、石油ストーブからである。すなわち、被告は右一階奥の室の石油ストーブに点火したまま室を閉め切り、その場を離れていたところ、右石油ストーブの上方に設置してあった棚に載せてあった自転車やオートバイ用チューブがずれてストーブの上に落下し、これに火が燃え移り、さらに火はストーブの囲りに置いてあった石油缶やモーターオイルの入った缶、自転車のタイヤ、チューブ等に引火し、またたく間に火災となったのである。

(三) 被告の重過失

被告は点火した石油ストーブの上方の棚には、前記のとおり可燃性の強い自転車用、バイク用等のチューブを棚から五、六センチはみ出したり傾いたりした状態で無雑作に載せておいたのであるが、被告所有の建物附近は地盤が軟弱で附近をトラック等が通過すれば建物が震動するので、これらの震動で棚の上のチューブ類が落ちる危険があることを認識していたし、また当然認識すべきであった。このような状態のもとで、石油ストーブの置いてある室を閉め切ったままその部屋を出たことは重大な過失である。

3  原告らが蒙った損害

本件火災によって、原告飯田晃世は合計五五三万九、四二五円、原告飯田英美は合計七一万五、一四〇円の各損害を蒙った。その内訳はつぎのとおりである。

(一) 原告飯田晃世の分

(1) 三九万三、九二五円……建物の被害

右は、原告らの所有建物修繕費用三五〇万円から建物損害保険金二七九万九三四円を控除した額に、建物の持分九分の五を乗じた金額である。

(2) 四五四万五、五〇〇円……家財道具の損害

(3) 一〇万円……罹災後の整理費

(4) 五〇万円……慰藉料

原告晃世は、長年の間営々として築き上げた勤労の成果を一瞬にして奪われ、何度も自殺を思い詰め、未だ将来の再起への精神的意欲すら回復しない。一方、被告は損害賠償の誠意を全く示さない。

(二) 原告飯田英美の分

(1) 三一万五、一四〇円……建物の被害

右は、原告らの所有建物修繕費用三五〇万円から建物損害保険金二七九万九三四円を控除した額に、建物の持分九分の四を乗じた金額である。

(2) 四〇万円……慰藉料

原告英美は、本件火災の際本件建物二階に風邪をひいて寝ていたのであるが、避難して寒空にさらされたため病状を悪化させたほか、勉学用のノートや将来の結婚に備えて買い置いていた衣類等を焼失したのでその精神的苦痛は大きい。

4  むすび

そこで、被告に対し原告飯田晃世は五五三万九、四二五円、原告飯田英美は七一万五、一四〇円の各賠償金とそれぞれ各金員に対する不法行為の日後である昭和四四年一二月二三日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実のうち被告関係部分は認めるが、原告関係部分は知らない。

2  同2の事実のうち、原告主張の日時に被告方から出火したこと、本件建物の一部が焼けたことは認めるが、その余はすべて争う。被告は本件火災の発火当時店先で作業していたものであり、また棚にのせておいたバイク用チューブは二〇本入りのダンボールに入れてのせておいたもので、それが容易に落下するという認識はなかった。また、ストーブを置いた位置は棚の真下ではなく、棚からも格子からも約五〇センチ離れていた。

3  同3の事実は争う。

三  抗弁

1  原告らは総額一、二〇〇万余円の火災保険の給付を受けているから、損害は補填されている。

2  かりにそうでないとしても、被告は原告らに対し本件火災の後見舞金として金五〇万円を支払ったから、同額だけ賠償額は控除すべきである。

四  抗弁に対する答弁

抗弁1の事実は争う。抗弁2については、被告主張の五〇万円は本件建物の一階部分で営業を営む亀清物産株式会社の蒙った損害金として受けとったものである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1の事実のうち(二)の点は当事者間に争いがなく同(一)の点は≪証拠省略≫によって認められる。請求原因2の(一)(二)の各事実は≪証拠省略≫によって認められる。なお、≪証拠省略≫を総合すると、原告らは本件建物の一階を原告晃世の長男義雄が代表取締役をし、原告晃世が取締役をしている亀清物産株式会社の営業用事務所として使用させ、本件建物の二階および三階を原告ら両名および右会社の従業員の居住用に使用していたことが認められる。

二  重過失の有無

原告は本件火災が被告の重過失によって発生したと主張するに対し、被告はこれを争うので、この点につき考える。≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被告は自動車販売修理業を営んでいるので、店内には平素エンジン洗浄用のガソリン、廃油、モーターオイル、ラッカー類等の引火性の強い危険物や、タイヤやチューブ等の燃焼力の強い材料が常時店内に保存されていたので、被告は採暖その他の火気の使用については、右危険物に引火することのないように、通常の人より特に注意しなければならない地位にあったこと

2  しかるに被告は、昭和四三年夏頃、オートバイのエンジンをガソリンで洗っていた時にくわえていたタバコの火がガソリンに引火し燃え上ったが、幸い隣人の協力で消し止めたという事故があったほか、昭和四四年夏頃にも被告の不注意から塗装用のスプレーの缶をガス台の上に載せて、その缶を爆発させるという事故を起したりしていることに徴し、被告は平素から必ずしも十分な注意を用いてはいなかったこと

3  本件火災事故の一〇日位前に被告の住居の近所で火災があり、また一両日前にも同じく近所でぼや騒ぎがあり(被告はその現場に駆けつけたりしている)、加うるに、本件火災発生当時は季節的に空気が非常に乾燥していたので、火気の取扱いには特に注意すべき立場にあったし、また注意できた筈であること

4  前認定のように本件火災は、点火中の芯上下式円筒型石油ストーブのうえの棚から自転車用およびオートバイ用のチューブが落下したことによるものであるが、その棚は奥ゆき三〇センチ、長さ二四〇センチの木製の棚で、平素被告はその棚のうえに数十本のチューブを載せてあり、表通りをトラック等が通れば、それらがずれ落ち易い状態であったのにかかわらず(現に被告は本件火災の前にもチューブが棚から下に落下したことを経験している)、被告は、不注意にもその棚の真下より約二〇センチメートル位しか離れていない場所に前記石油ストーブを設置してこれに点火したものであること

5  そして、当日午前九時ごろには家人は全く不在となっていたのに被告は点火したままそのストーブのある部屋を離れ、表通りで作業中、前記棚の上のチューブが落下して火災を起すことに至ったものであること

以上の各事実が認められる。

右の事実からすれば、被告は本来人一倍火気なかんづく石油ストーブの使用には危険のないよう万全の注意を払うべきであるのに、前記のように、誰が考えても危険な場所で石油ストーブで採暖し、その場所を離れてストーブを放置したため火災を惹起したもので、通常人の当然用いるべき注意を著しく欠いたものというべきであり、その不注意の程度は、「失火の責任に関する法律」但書所定の「失火者ニ重大ナル過失アリタルトキ」に該当するものといわなければならない。したがって、被告は、本件火災のため原告らに与えた損害を賠償すべき義務がある。

三  損害額について

1  原告らの建物の損害

原告ら共有の本件建物が被告の失火により一部延焼したことは前認定のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、その修復費用として金三五〇万円を必要とすることが認められる。そして≪証拠省略≫によれば、原告らが建物の火災保険金として二つの保険会社から合計二七九万〇、九三四円の支払を受けたことが認められるから差引き損害額は七〇万九、〇六六円となる。これを原告らの建物共有持分の割合(原告晃世が九分の五、原告英美が九分の四)によって按分すると、原告晃世の損害額は三九万三、九二五円となり、原告英美の損害額は三一万五、一四〇円となる。

2  原告晃世の家財道具の損害

原告代理人は本件火災のため本件建物の二階および三階においてあった原告晃世の家財道具が焼失または汚損して使用不能となり、原告の昭和四五年六月九日附準備書面添付の罹災表記載のとおり合計四五四万五、五〇〇円の損害を蒙ったと主張する。なるほど、証人飯田義雄の証言と、同証言により飯田義雄が本件火災の三、四日後に本件建物のうち二、三階の罹災状況を撮影したものと認められる甲第八号証の一ないし二〇号証の写真(このうち甲第九、一〇号証は三階部分、その余は二階部分を撮影したもの)、原告本人晃世の供述によれば、原告晃世は衣類その他の家財道具の殆んどすべてを焼失したものと思われる。しかし、右罹災表に記載されているすべての物件が全部原告晃世の所有物であったかどうか、またそこに記載されている物件の価格がすべて罹災当時それらの物件が有した真実の価格を表示すものであるかどうか等の点については疑問とする箇所が少くなく、原告代理人はこれらの疑問点につき、必ずしも十分な説明や立証をしていないので、これを全面的には信用することはできない(たとえば、ピアノカイザー四〇〇、〇〇〇円、靴二二足六六、〇〇〇円、草履類八足六、三〇〇円、お宮参り一揃い一〇〇、〇〇〇円、紳士用セーター一着七、〇〇〇円、靴下ブラジャ等洋品雑貨一〇〇、〇〇〇円、カラーテレビ一八九、〇〇〇円、アルコール飲料五六、〇〇〇円、日立電気カミソリ一、八〇〇円、ジレットカミソリ一、八〇〇円、男性用化粧品六、五〇〇円、その他沢山ある)。しかし、弁論の全趣旨と右罹災表の記載自体からして原告晃世は従来平均的な庶民よりはかなり楽な生活をしていたものと考えられ、相当の衣類や家財道具を所有していたことも推認できるので、この点を考慮しつつ、右罹災表中理解しかねる物件の一部を削除し、また、高すぎると思われる価格に相当と思われる割引をして、これを総体的に考えと、原告晃世は衣類家財道具については、少くとも合計三〇〇万円の損害を蒙ったものと認めるのを相当とする。

3  原告晃世の罹災後の整理費

原告代理人は罹災後の整理費として原告晃世が一〇万円を支出したからこれをもって同原告の損害として計上している。≪証拠省略≫によれば、原告晃世は罹災後後片附、残土の運搬のための人夫賃として一三、一〇〇円、火災後電気の配線工事等のために八七、〇〇〇円を支出したこと(合計一〇〇、一〇〇円)が認められるので、右一〇万円の損害は認められる。

4  原告両名の慰藉料

およそ隣家の重大な過失により延焼を蒙った場合、罹災者の恐怖心と心理的打撃は深刻である。≪証拠省略≫によれば、原告晃世は罹災後平常心を失い、なかば狂乱の状態にあったことが容易に認められる。また、原告英美は火災当時風邪のため本件建物の二階に臥床中であったところ、火災のため寒空にさらされて病状を悪化し、その回復のためその後二〇日間位を要したことが認められる。しかし、他方前認定のように、重過失によるとはいえ、被告はその所有建物および建物内の財産を一切失い、原告らおよびその他の延焼被害者に多額の賠償金の支払を余儀なくされているので、これらの点を彼此考えると、本件の場合慰藉料をあまり高く見積ることもこれまた公平を欠くうらみがある。本件について前記認定の各事実および弁論の全趣旨を総合検討し、原告ら各自の慰藉料は各二〇万円をもって相当額と認める。

四  被告が支払うべき損害額

1  以上の認定説示によると原告らの損害額は、原告晃世について三六九万三、九二五円、原告英美について五一万五、一四〇円となる。

2  火災保険金について

被告は、原告らにおいて火災保険金として、一二〇〇万円を受領したと主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、真実は三の1に認定したとおりである。

3  見舞金の控除について

被告が五〇万円の見舞金を支払ったことは当事者に争いがない。しかし、被告は、右見舞金は原告両名に対する見舞金であると主張し、原告らは、右は一階に営業所がある亀清物産株式会社が損害金の一部として受領したものであると主張し、証人飯田義雄は原告らの主張と同趣旨の証言をしている。しかし、右証言はこれを全面的には信用しがたく、右亀清物産は本件建物の一階を営業所とし、原告晃世およびその長男義雄が役員をしている会社であるから、世間的には、義雄と晃世とが会社組織で本件建物の一階で洋品雑貨商を営んでいるものと看られるから、これらの点と弁論の全趣旨に徴して考えると、被告が昭和四五年一月中旬すぎごろ飯田義雄に支払った五〇万円(この経過は≪証拠省略≫による)はむしろ右会社と本件建物に住む原告らに対する共通の見舞金として支払われたものと考えるのを相当とする。そして、その配分については、このうちの二分の一が会社の取り分、その余が原告らの取り分と考えるのを相当とする。そうすると、原告ら各自の取り分は各一二万五、〇〇〇円となり、この金額だけ損害は既に補填されたものとみるのが相当である。そこで前示原告らの前記損害額から右一二万五、〇〇〇円を控除すると、原告晃世については金三五六万八、九二五円となり、同英美については三九万〇一四〇円となる。

五  むすび

よって、原告の本訴請求のうち、原告晃世について三五六万八、九二五円原告英美について三九万〇一四〇円ならびにこれらの各金員に対する本件不法行為の日である昭和四四年一二月二三日から各支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、これを超過する部分は理由がないこととなる。よって訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東秀郎)

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